吐露

地獄だから見るのは自己責任です

HSPと親といろいろの話

 「どうせもうすぐ死ぬし」という諦めのような自殺願望を抱き始めて何年か経っている。
 昨日、カウンセリングでHSPではないかと言われ、HSPについての本を病院から借りて読んだ。後半は宗教だとかスピリチュアルだとか、そういった話に変わっていったので、日本人であるわたしには、上手く咀嚼することが難しかった。
 HSPであるから生きづらいのか? 性格として片付けられるのではないか? HSPだとわかったから何か変わるのか? 変えられるのか? わたしは本当に統合失調症なのか? 病気を盾に、言い訳に使っているだけの普通の人間なのでは? 幻聴だと思っていたものは実際はただの被害妄想で……なんて考え出すと終わりがない。終わりがないから考えること自体を放棄している。
 私は恵まれた家庭に育ったと思っている。特筆すべき不自由があった記憶もない。最も暴力が無かったとは言いきれないが(首を絞められたことはつい最近のようであるが、実際はそこまででもない、あれから両親はとても優しくなった)、自分の性格がよろしくないのだから仕方がない、両親は私の扱いに困っているだけで、言葉では通じないから他に手段が無いだけ、そのはずだ。嘘だ。いや、嘘ではない。嘘ではないがわたしの中には相反するもう一つの思考がある。わたしは酷い家庭に育った、と思っている。私の生きづらさの原因の殆どは両親にあり、両親を酷く憎んでいる。首を絞めるなんてありえない、わたしに対する愛はどこにもない、両親の言うことは嘘ばかりだ、と。
 どうしてここまで真逆の思考が生まれてしまうのか。どちらがわたしの本当の考えなのかもわからないし、わかってはいけない気がする。仮に二番目に綴ったものがわたしにとっての真実ならば、わたしはとても愚かな人間だと思う。すべてを環境のせいにしているではないか。わたしが自分に失望し、人生の光を見失い、死を望むようになったのはわたし自身の意思であり、誰のせいにもできないはずだ(強いて言うならば病気のせい)。
 まず自分が病気であることがいつまでたってもしっかり認識できないのだ。毎日々々、わたしはもしかして病気ではなく、病気を言い訳にしているただの怠け者なのではないか、そうだとしたらどれだけの人にまた失望されるのだろうか、ああ、いつまでたっても胸を張れない人生! なんて……。実際いつも病名を免罪符に使っているのだ。そこまで重いわけでもないのに! やはり早めに死ぬべきだと思う。
 今この文章はなんとなくで書き始め、適当に思うことを書いているわけだが、わたしが書く文章はいつも同じような趣旨である。思考がループしているようだ。同じことに悩み続けて一向に答えが出ていない、回し車の上で延々走っているよう!
 わたしは人を頼ることが頗る苦手だ。カウンセラーさんにも「今まで自分の力だけで頑張ってきたんですね」なんて言われた。そのような言い方にすれば聞こえはいいが、実際のところ、一人で頑張っているつもりでも、すぐに行き詰まり、結局何も成し遂げられず投げ出してばかりなのだ。なぜ人に頼れないのかカウンセラーさんが真剣に考えていたが、わたしにもさっぱりわからない。何せ幼いころの記憶がほぼないのだ。HSPについての本によると、HSPは現在の問題の原因となった子供時代の出来事を本人が覚えていないことが多いようだ。小さい時の記憶のため覚えていなかったり、あまりにも苦痛だった故にわざと忘れてしまうらしい。わたしはたんに記憶力がないだけのような気がするが。とにかく、本当はもう少し人に頼ることを覚えるべきなのだが、わたしはもうすぐ死ぬつもりなので、そこまで覚える必要性を感じていない。まず頼れると思える友人が少ないのだ。高校は退学してしまったし(先日通信制の高校に入学した)、あまり友人を増やそうとも思わないので、ますます頼ることを覚えられない。家族にも極力頼りたくない。頼って嫌な顔をされたり、不機嫌にさせるのを避けたいからだ。どうでもいいことは頼れるのだが、大事なことは話すことさえ難しい。ふつう両親を頼るのは一等簡単なことだと思うけれど……。
 両親に「愛している」と言われるのがとても嫌いだ。なぜ、と問われると上手く説明できる自信がないが、わたしへの愛について話されると信じられないほどのいらつきに襲われる。きっとわたしは両親(特に母親)に良き理解者であってもらいたかったのだ。わたしがすることに、自身の中では絶対である正しさをもって、逐一口を出す母親は、いつしかわたしをきつく縛り付けているようにしか見えなくなって、愛を感じるより先に、疎ましさと、諦めを感じていたのだと思う。わたしの考えをやわらかく受け止めてもらえる期待への諦め。わたしは今でも理解者を探したくなる時がある。わたしの考えを拒絶しないで、肯定して、あたたかい優しさで包み込んでくれるような。けれど、実際に探すことはできない。まず、気付いた時には自分の考えを吐き出すことが恐ろしくてできなくなっていた。辛うじて文章ならこのように吐露が可能であるので、しばしば書き綴っている。今一等わたしを知っているのはカウンセラーさんぐらいなものだ。わたしは患者なのだから、話す義務が発生する。そう思うとつらつらと言葉が楽に出る。相手も仕事なので否定せず話に耳を傾けてくれるため、大変心地好い。カウンセラーさんに話したことを友人に話すことさえできずに死ぬんだろうな。
 先程から両親に対する不満のようなものを書いてはいるが、謝罪が欲しいわけでも、なぜあの時ああしてくれなかった、などと責めたいわけでもない。わたしの気質と親の気質が合わなかっただけだ。……本当は両親に罪悪感なんかを抱いてほしい、というような気持ちもあるが、それはわたしが自殺した後に感じるんじゃないかしら。わたしに確認するすべはないけれど。親に関しての不満は、些細なことから考えれば掃いて捨てるほどあるのでは、と思うけれども、実際、家族(特に親)に対する不満がない家庭の方が少ないんじゃないだろうか。完璧な家庭の方が珍しいように思える。ハッキリと「自分の両親は自分の良き理解者であり、これと言った不満もない」と言いきれるような家庭はどれくらいあるのだろう。この文を読んだ人に是非とも聞いてみたいものだ。
 そろそろこの駄文にピリオドを打とうと思うが、はたしてわたしが心から生きることを望む日は来るのだろうか。それが薬によるものだとしても。